●徳分を積む機会が少ない現代日本ですが、 どんな徳積みが日本でも出きるのでしょう?

イエス様 JESUS 
イエス様 JESUS 
仏様 BUDDHA タイにて
仏様 BUDDHA タイにて

 他のアジア諸国に比べ、現代日本では、なかなか徳分を積むチャンスに恵まれていません。

 

 タイでは、 タンブン(徳分を積む行為)のために、お坊様がおられ、托鉢をさせて頂く、タイ寺院でのプジャ儀式など、その気になればタンブンが出来ます。 徳積みという概念が当たり前に生活の中で浸透しています。 タイでは徳分積みが自然に出きる多くの機会に恵まれています。  自分の誕生日には、 タンブン(もしくはタムブンと呼ばれ、徳を積む行為)をする事が一般的に知られています。 徳積みすることが、人生の中で、とても大切な事とされています。

 

 徳分を積む一つの方法として、過去の日本にも放生会(ほうじょうえ)がありました。 殺されかけている生き物を野や海、川に放すという行為ですが、 日本では残念ながら、さびれてしまい、そのような機会が滅多にありません。

 現在でもアジア諸国、 例えば、タイ、中国、ベトナム、ラオス、シンガポール、台湾、香港などでは、 放生会をする事での徳分積みが 、比較的簡単に行うことが出来ます。

 

  中国語 Chinese: fangsheng,  タイ語 Thai: Tanbun,(Thamboon), ทําบุญ チベット Tibetan: tshe thar と呼ばれるそうです。 日本語なら Japanese: houjo-e、Houjoと表現されるのでしょう。

 その概念がない英語では、【徳を積む】という概念がないため、どうしても軽くしか表現できませんが、 表現としては、(Buddist )Animal Release Practice,  Merit release,  Life release となるようです。 

 

Tanbun, Tambun,(Thamboon) tokuzumi, 徳積 , these words are hard to describe in English.  It is not just the word of virtue or Merit.  It is the combines of sense of mercy, doing  good things for  gods, or pleasing the gods,  may be not good example but saving account of the god's world for this life and future life.  

 

Simply saving the almost getting killed animals  without asking any returns. That is an important point when we do this practice.

 

Animal Releasing Practice is a big part of making Tokutsumi, Tokuzumi,Tambun、Thamboon,徳.

 

Especially when you have bad Karma as Health problem, it is good to say that Animal Release Practice is the best for your critical health conditions.   This phrase can be said sometimes by many Thailand' doctors,too. 

 

Of course, it is good to to do whenever you have a chance.  

 It is also important that we should not expect anything in return from it.

 

 放生会(ほうじょうえ)は、 殺されていく生き物、例えば牛、馬、豚、鶏、鳥、魚、貝、エビ、カニなどを、生きたまま野や川や海に返す行為です。 殺生を戒め、生を尊ぶ宗教的儀式であり、インドのヒンディの生き方である、アヒンサー、アヒムサー(非暴力主義、非殺生主義)から発しています。 その流れにおいて、仏教では、魂が入っている生き物を殺してはいけない、という五戒の中の一つである不殺生戒を元として、 日本では神仏習合により神道にも取り入れられました。 

 

【魂という存在はもちろん科学的な手法で証明できるものではありません。】

魂が入っているか? 魂が入っていないか? の区別は大雑把にいえば、植物か植物でないかの違いと言えます。

 生物学的には生きている、しかし ”魂が入っていない植物” と、”魂の入っている魚や動物” は不殺生戒の際には、大きく線引きをされます。 日本でも精進料理(菜食料理)を作る際には、この魂の入っているものは殺さないで料理する事が基本となります。

 

 魂の入っているものは、色々な体験をするためにも、一定の場所に定まらず、複雑に動く事が出来ます。 そして魂の入っていない植物、野菜などは、一定の場所に留まり、複雑な動きをする事が出来ません。 

 

 神が与えたそれぞれの魂(生きとし生ける全ての存在)を大切にするという概念です。 

 

 The basic idea comes from No killing animals , No killing fishes because they have their own souls.  If they have a soul inside of the body, we should not take it away. Because the soul itself still has many things to do in its life experience until natural death comes. 

Of course, the scientific approach can not proof "the soul " yet, but same time, in many Asian people know or believe in  the soul existence.   Even the practice of releasing  animal or fish can be a part of Buddhism influence,  it can be open to anybody who would like to save the animal or fish life.  It does not matter which kind of  religious background you have.  As long as you you would like to save the animal lives, you are more than welcome to join the practice with us.

 

 

 残念ながら現代日本における放生会(ほうじょうえ)は、 名前としては残ってはいます。 今では祭事自体は形骸化され、 本質が伝わる儀式要素が少なくなっているのが現実です。 だからこそ、 当会では、もう一度 その本質部分を大切にしたいと思います。 本質を理解したい、趣旨に賛同する有志が放生(ほうじょう)を実践するという目的で当会が発足されました。

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大切なお知らせ: 

 放生を実践する会は、 全ての宗教を尊びます。

 特定宗教団体の運営ではありません。 

あくまでの有志の集まりです。

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●放生(ほうじょう)を再度 見直してみませんか?

 日本では経済的な効率等が追求され、 昔から日本人がもっていた本来の精神性、宗教観が今では見落とされがちな風潮にあります。  

 

 インドなどへ行きますと、寺院参拝での一般的な参拝では、 自分自身の願い事をするために行われています。 タイでも同じようにお願いする場合もありますが、徳分を積むために喜捨するという事も多々見受けられます。  もちろん日本の神社仏閣、教会等でも同じことでしょう。 自分自身のために何か願い事が叶うようにお願いする事もたまには、必要かもしれません。

 

 お金を使うという点は同じでも、 放生会が、他と大きく違う点としては、自分自身の願いでなく他の命を尊重する事です。

 

放生(ほうじょう)というものは、今まさに殺されかけようとしている生き物の命を見返りなしで助けるという点が大切なポイントです。 

 

 

 

 寺院参拝と比較した時に、その動機が大きく違うでしょう。  自分のためでなく、 生き物の命を大切にするという動機があります。 その動機が、純粋であればある程、尊い行いとなるのは言うまでもない事でしょう。

 

 放生(ほうじょう)の考え方は、 これから殺されてしまう生き物を、  殺されてしまう環境から解き放ち、生かす事です。 

 

 声なき、人間の言葉を喋ることが出来ないの生き物の”生を全うする手伝い”だと考えます。 Saving the animals or fishes who are not able to speak out our language is important.  So that, they can live longer until the natural death come.

 

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