2018年3月春分の日、放生しました。

岐阜県恵那市にて2018年(仏歴2561年)3月21日に、放生実践しました。 委託者を含めて12名の方が参加されました。

 

イワナを100匹、鯉を3匹、放生しました。

 

あいにくの雨天が続く日でしたが、放生の準備していると、次第と小雨となり、実際の放生をしている時は、雨は、ほとんど止みました。

 

悪いカルマを極力積まない、そして良いカルマ(徳分)を積極的に積む事こそが、今世だけでなく、来世に持ち越していけるモノであるそうです。 そんな中で、見返りを求めず積極的に命を助ける徳分積みは、尊い行為とされます。

 

これから春を迎え、放生がしやすくなる季節です。

 

命を大切にする徳積み、放生実践会への参加、委託希望の方は、

コチラをご覧下さい。  

 


2018年1月の放生の様子です。

 

今年2018年(仏歴2561年)は、 去年の12月で使い切れなかった繰り越し分も使いながら放生しました。

 

前回の委託者24名、プラス

 参加者の7名で、委託者を併せて、合計31名です。 

 

 

今回の1月28日に放生した魚の内訳は、 鯉7匹、いわな200匹でした。 

 

今回の分に関しましては、委託者が2名(大阪、埼玉)がありました。

どちらの方も、継続されている方です。 参加者は名古屋と岐阜で、合計3名でした。 

 


ここからは、 1月21日(日)分の放生です。 

 ウナギ10匹、鯉6匹、いわな180匹を放生しました。

 

実は1月は1月28日(日)と1月21日(日)の2回、開催しました。

 

去年の年末に集まったお金も沢山で、 その流れで、数回に分けて放生した訳です。

 

 年の初めから、沢山の魚が放生出来たという事で、寒いながらも放生の甲斐があったと参加者からもお声を頂きました。

 

 

 

 

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年末の放生 

2017年(仏歴2560年)

12月23日、今年最期の放生を行いました。 

 

委託者(長野7名、東京1名、埼玉2名、千葉5名、新潟1名、福岡1名、愛知6名、岐阜1名)の24名でした。

 

参加者(岐阜6名、大阪1名)の7名で、委託者を併せて、合計31名でした。

 

放生した魚の内訳は、 鯉12匹、うなぎ30匹、あまご100匹です。 

 

 これらの魚は、放生という機会が無ければ通常でしたら、この辺りの料理屋さんや旅館・ホテルで食べられてしまう魚でした。

 

 今年最期の放生という事で、多くの方から委託を受けました。 また、今回初めてされる方もあり、 沢山の魚を放生する事が出来ました。 委託された方が多かった関係で、来年も1月に放生を引き続き行う予定です。

 

 

今年1年間、皆様のご協力の下、多くの魚の命を助ける事が出来ました。 西暦2012年、今から5年前に発足しましたこの会も、皆様のご理解とご協力のお陰で 引き続き来年も1月から放生を行う運びとなりました。 皆様のご協力に感謝申し上げます。

 

 来年も沢山の徳積が出来る会として地道に放生を行って参りたいと思っています。 

 

10月22日 放生実践とお釈迦様の恩返し

本日は、台風の影響で天候不順でしたが、放生する時は、雨も降ることも無く、 大阪から2名参加者の方と共に行いました。

 

委託者は、岐阜3名。 埼玉2名でした。 

 

鮎 100匹、 コイ 5匹の3袋を放生しました。

 

今回は、親孝行という事について、少し考えてみたいと思います。 親に恩を返すために親孝行という言葉があるのですが、英語には”恩”という言葉がありません。 なので、恩人、恩師、恩を返す、恩を仇で返すなどの、言葉を説明するにも一苦労となります。 現在の日本は仏様の叡智が沢山あるアジアの仏教国から学ぼうという姿勢はあまりないように見受けられます。 逆に、恩や縁などの大切な言葉が存在しない、アメリカやヨーロッパから学ぼうという姿勢が強いのが社会の大きな流れのようです。 少し余談になりましたが、

 

これからお釈迦様が実母に返された恩についてお話したいと思います。 

 

 大変な苦労と共に、涅槃の世界(タイではニッパンといいます。)へ辿り着く事が出来た後、 お釈迦様のされた事の一つに、亡くなったお母様(マーヤ・デーヴィ)へ恩返しをする事がありました。

 

 お釈迦様のお母様が、お生まれになられた最大の理由は、お釈迦様を生むという事を目的でした。 そのために生まれて来られました。 よって、お釈迦様をネパールのルンビニでお生みになられた後、一週間足らずで他界されました。 なぜなら、人生での目的を達成したからです。

 

 お釈迦様のお母様の前世は、タイの言葉で言えば、テワダー出身でした。 どの階級のテワダーかは憶えていませんが、最上級の階級でなかった事は確かです。(テワダーとは、人間より上の世界で、神よりも下の存在です。 (天使、天女と言えば分かり易いかもしれません。) そして、お釈迦様を出産され目的を果たされたため、お亡くなりになります。 肉体から離れた後は、その魂はテワダーの一番上の位の部分へと格上げされてテワダーの世界へとお戻りになられていました。)

 

 お釈迦様はお生まれになられてから、たった一週間足らずしか実のお母様と過ごされておりません。 しかし、ご自分がこの世に生まれて来る事が出来たのは、お母様という存在があったからと、ズーッと感謝しておられました。 

 王子であったにも関わらず、出家され、そうしてようやく悟りを開かれます。 ニッパンの世界に到達する事が出来るわけですから、 ご自分が、どの世界(地獄の世界、テワダーが住む天界、それぞれの神々世界、ニッパンの世界など)へ、自由に行き来する事が出来るようになります。 もちろん、お母様がおられるテワダーの一番上の階級の世界へと赴きました。 そうして直接お母様にお会いされ、説法をされました。 説法が終わると共に、お母様は一番高い階級のテワダーから、いっぺんに一番高い階級の神様になられます。仏法(ダルマ)を聴き入られた事によるモノです。

 たった一週間、それも生まれたての赤ちゃんであったお釈迦様は、その恩義を深く受け止めて、天界のお母様への恩返しをされたお話です。 

 

 この事から、お釈迦様は、自分を生んでくれた母親がどのような人であれ、それが犯罪者であろうとも、精神異常があろうとも、虐待をした憎い人間であろうとも、生んでくれた母親がいなければ、自分という存在はこの世にないのだから、どんな母親であろうとも、生んでくれた恩がある事を忘れてはいけない、と説かれています。 これが真理です。 (もし、酷いめにあったとしても、それは自分自身の過去生の悪い業があっただけの話であり、カルマ解消をしてくれた有り難い相手というだけの話です。)

 

 私たちはお釈迦さまが持つような法力は、もちろんありません。 しかしながら、普通の人間にも出来る事はあります。

 

 生きている間にダルマ(仏法)を知る事で 動物には機会がほとんど与えられず、人間こそが徳分を積む事が許されている立場であり、大きな機会を与えられていると理解できます。 

 

 

 もし仮に自分の母親がご存命されていても、他界されていても、自分が徳分を積んだ時に、その徳分を自分の母親や父親に分けて下さいという祈りと共に、徳分分けをする事が出来ます。 徳分があれば、他界されていれば次の人生で良い所から出発する事も可能です。 もちろん、功徳を積むわけですから、自分の所に自動的に徳分が来ます。 そして、恩がある母や父に、今出来た徳分をあげて下さいと祈れば、もちろん、その徳分は該当する父や母へと行く事になります。 肉体を持たない魂であれば、徳分が自分のところに来た事をハッキリと認識出来るとの事です。 

 

 

  

徳分を放生という形で積んでみたい方はココをご覧下さい。

 

今回は、台風の影響で、川の水も濁っていたため、ほとんど魚が見えませんでした。 少し画像処理して、魚が見えるようにしてあります。

2017年9月10日(日) 放生の様子と徳分の役割について

仏歴2560年(2017年)9月10日  岐阜県恵那市にて徳積みのために放生会を行いました。

 

放生した魚はアユが150匹、大きな鯉が3匹です。

段ボール箱では、4つでした。

 

放生の有志のお手伝いが4人、委託者6名(埼玉2人、奈良1人、大阪1人、岐阜2人)でした。

 

 放生は昔ながら、命を助ける、徳分を積む行為で色々なアジア諸国では行われてきているようです。  そのお陰で日本の方だけでなく、今までに中国、韓国、香港 そして遠くはオーストラリアの方にも、委託を含めて、この放生実践会に参加して頂いています。

 

 魂が過去世、今世、そして来世へと持ち越す事が出来るものは、2つ【悪いカルマ(業)と良いカルマである徳分】だけと言われています。 

 

 今回も、皆さんが持ちよられた喜捨(ドネーション、お金という物施)により、150匹以上の魚の命を助け、放生する事が出来ました。 参加された方は、そのために時間と労力を費やすので物施だけでなく体施にもなります。

 

 他の命を尊び助ける。見返りを求めない純粋な徳積みという行為は、結果として、自分が病気になる、ケガをする悪いカルマがある場合は、積んだ徳積みにより大難を小難へとしてくれる緩衝材のような形をとり、色々な場面で助けてくれるものとなります。

 

 生きている間にだけ、積むことが出来る徳分(法施、体施、物施)です。

死んでからでは、徳分は積む事は皆無となります。 生きている間だけ、特に人間という存在にとっては、徳分を積むという行為が出来る訳です。 いわば人間の特権であるわけです。 

 

 周りの環境をみてもそうですが、今の多くのアジア諸国は、一部を除き、ある程度の生活レベルで、ほとんどの方が暮らすことが出来ています。飢餓する心配は、ほぼありません。 ある程度の生活レベルで暮らしていく事が出来る訳です。

 

 色々な側面から見ても私たちの暮らしは概ね他の世界の地域に比べて恵まれています。 しかしながら、日本での生活は、徳分が積みにくい状況でもあります。 タイなどで見受けられる御坊さん(最終的にはお釈迦様の究極の教えであるニッパン(涅槃)へ到達される事を目標にされている方)への托鉢というものすら、お目にかかる事がほぼ無いのが日本の状況です。 

 

 徳分を積む生活に密着していない日本、もっと厳しい言い方をすれば、前の人生からの徳分があるにも関わらず、今回は日本で生まれてきたり、生活する事により、徳分をただ使い果たしてしまうような生活で過ごしてしまっているといっても過言ではないかもしれません。

 

 過去からの徳分がある程度あるからこそ、今の生活がある訳です。 今世だけでなく、来世のためにも出来る限り徳分が積める生活が出来るように心がけたいものだと思います。

 

 次回の放生は10月22日(日)の予定です。 参加ご希望の方、委託希望の方は1週間前までにご連絡お願い致します。

 

放生会
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